(2021.02.24.改訂)
八ヶ岳・川上演習林の具体的な方向性は,管理する三ヶ所の森林の特徴に応じて以下の二点をメインにして実施する.
① 人間活動と地域自然環境との調和
② 地域に根差した林業施業確立
2016年に刊行した森林管理計画に基づき,特に上記二点を意識した方向性での森林管理と教育研究を進める方向性を以下に記す.
八ヶ岳演習林は,戦後の薪炭林から再生途上にあるミズナラ二次林と,湿地から構成される落葉広葉樹二次林から構成されている.この森林にはサクラソウをはじめ希少種の分布もみられる.ここでは素材生産のための森林施業は行わず,演習林設置以前の野辺山の自然風景に戻るような地域環境の保全を目指すアプローチでの運営管理を行なう.
八ヶ岳演習林は,中部横断自動車道の工事とその設置によって今後の森林生態系に大きな影響が予想される.そのため,高規格道路工事に伴う環境圧の変化を把握するため,森林水文や森林気象の工事前後の変化の観測の実施,同時に高規格道路工事に伴う生物相への影響の把握のために野生動植物相の工事前後の変化の観測も実施する.
過去の人為活動からの再生と,将来起こりうる人間活動の影響との調和(もしくは妥協)を探る生物多様性モニタリング拠点としての位置づけを行なう.
管理棟のある構内(恵みの森)では,地元の憩いの場としての機能を重視する,社会貢献の場としての森林生態系サービスの提供を行なう.八ヶ岳演習林や川上演習林,もしは野辺山ヶ原や八ヶ岳山麓の森林に実際に入林しなくても,そのミニチュア的で親しみやすい場の提供が行える.そのための構内整備の実施を強化する.構内の遊歩道整備によって,野辺山周辺の新たなハイキングコースとして,他機関との動線確保と連結性を図る.
これらはMSCの重点課題である「山岳地域におけるミラーワールドの構築」とは,生物多様性モニタリングのアウトリーチからデジタルコンテツ提供を行なう.それよって,実際の森林へ誘うことへの循環を目指す.また「山岳県・長野県における野生動物・外来生物の集団動態評価および管理のための研究基盤整備」事業とも関係性をもたせていく.
川上演習林は森林面積の7割をカラマツの人工林から構成されている.川上演習林開設時から初めての主伐を開始し,次世代への更新伐を進めている.植栽から主伐までの,森林施業のひとサイクルを活かす教育研究の現場としての活用を目指す.また,森林施業に伴う動植物の保護管理も同時に行なっている.川上演習林では更新伐を行なうため,周囲の森林にも大規模な影響を与えることが充分に予想される.森林施業における伐採圧の測定は,林業を継続的に行なうにあたり重要である.森林伐採に伴う環境圧の変化を把握し,森林水文や森林気象の施業に伴う経年変化の観測を行なう.森林伐採に伴う生物相への影響を把握し,野生動植物相の施業に伴う経年変化の観測を行なう.これは上記の人間活動と地域自然環境との調和で述べた内容とも関連する.従来の森林施業で,主伐による素材搬出による収益向上を目指し,搬出素材をより高額で購入が見込めるところへの積極的なセールスとそれに応じた伐採計画立案を目指す.更新伐からの将来性を考慮した施業計画を検討し,次期の森林管理計画の立案の際に,上記と合わせた育林方法の検討する.これに関連して,直営化を目指した育苗技術の確立を行ない,直営で可能な範囲での森林施業と管理技術の確立を目指す.最後に,UAVやレーザー測量機器などの新鋭の機器を用いて,測定測量の精度向上と簡素化を目指す.特にこの項目はMSC重点課題「山岳地域におけるミラーワールドの構築」との親和性をとる.
1-1.で述べた生物多様性モニタリング拠点としての側面と,地域に根差した林業施業体系の確立を主軸とする研究を大きな柱としていく.
生物多様性モニタリング拠点としての側面では,上記のとおり,生態学や山岳気象の研究フィールドとして,数少ない平地での森林を活かした山岳域での山岳気象学,森林利用と人間活動との調和を目指した研究を展開する.基礎的な研究データの蓄積はもちろん,人間活動の前後やその圧による周囲環境と生物相の変化をシュミレーションできる研究を行なう.その実施にあたり,樹木の伐採などを伴う,通常の場所では実施できないような大規模操作実験も実施する.MSCの山理解部門と山管理部門の研究との関連性の強化を行なう.
地域に根差した林業施業体系の確立では,MSCの山管理部門に加え,山活用部門との連携を強化する.山管理部門での多くの研究にある森林施業管理に加え,森林計測のスマート・リモート化,主伐を伴う森林施業による林業経済的な研究を促進する方向性も提案する.
八ヶ岳演習林が位置する野辺山地区は,八ヶ岳連峰や奥秩父山系に囲まれた山岳地域である.例年数多くの遭難事故が発生している.この原因究明を行なうことも,山岳科学分野に求められている課題である.これに対応するような研究の基地としても関わる展開を行なう.
つくばキャンパスからアクセスが良く,大規模かつ操作実験が可能なサイトなど,他の場所では行なうことが困難なテーマでも行なえる場所である特徴を充分に活かした教育環境の整備を行なう.学内外の実習実験などはこれまで通りに行なうのはもちろん,学内外の卒研,修論,博論,その他研究の場として積極的に引き受けるのはもちろん,先述した大規模かつ操作実験なども行なえるような,他の場所ではとてもできないような課題にも対応できるような体制を構築していく.ウイズ・コロナウイルス,ポスト・コロナウイルスを考慮した教育環境の提供を行なう.宿泊を伴う実習や学生利用での三密を回避した営繕や,リモートワーク対応を行なっていく.
地元地域(長野県;南牧村,川上村)や近隣地域(山梨県;北杜市)の一般市民に向け,当演習林のもつ自然環境に関する学術情報の公開と発信,自然教育の場の提供を引き続き実施する.信州大学農学部野辺山ステーションと国立天文台との地域連携協定が締結されている.この提携に基づき,年に一度に主催を持ち回りで地元感謝デーを開催している.これはそれぞれの機関の教育研究成果を基にした講演・シンポジウムを行ない,教育研究成果の社会還元を目的にしている.2019年度に開催した際には,地元小中学校や近接の自然博物館などとの協働へ発展を検討に入り,具体的な展開を今後は進めていく次第である.
また,地元からの要望のある,地元の小中学校を主な対象とした自然教室の開催もこれとリンクするような方向の検討を進める.残念ながら現在は新型コロナウイルス禍で協議などが中断したままだが,いずれの再開を目指す.2021年2月現在は閉鎖されたたが,東京都文京区の小学校林間学校施設が野辺山にあり,以前は小学生向けの林業体験教室を実施してきた.2020年度にリモートで,文京区の小学校の授業の一環で,児童の質問にスタッフが答える形式で実施した.このような社会貢献も視野に入れていく.
八ヶ岳演習林管理棟には,森林や山岳関係の図書が充実している.このうち,開架している一部の図書に関しては,近接する南牧村図書館とリファレンス・サービスを提携することを進めている.すでに筑波大学附属図書館にも諸事確認を行なっている.現在,新型コロナウイルス禍で本件が進んでいないが,いずれ八ヶ岳演習林が所有する知の財産も地域社会に共有する.
非常に数少ない人員と予算で多くのタスクをこなす現状では,その効率化と増強が逼迫の課題である.
人員に関しては,技術職員の本来のタスクへの専念が望まれる.現状では技術専門職員が二名配属されているが,そのうちの一名は事務役務も兼担していて,実質的には事務をフルで担当している.そのため,事務専門職員の配属が望ましい.負担軽減のための非常勤雇用は行なっているが,それだけでは解決できない.教員も現在は常駐一名,兼任一名であり,高度な研究・教育体制の構築にはマンパワーが足りておらず,若手教員の配置が強く望まれる。また,常駐教員と技術職員の高齢化が進み,将来的な定年退職後の人員補充が課題として検討する必要が出てくる.特に技術職員の新規補充はステーションの維持管理には必須なので,定員削減枠に含まれないよう強く強く補充を訴えていく.
施設に関しては,利用者からの不満が集中している宿泊棟の営繕が一番の課題である.可能な限り,営繕などの申請募集があれば応募し,利用者にとって快適な教育研究環境の提供に務めたい.また,外部などと連携する方向の模索も検討していく.
最後に組織運営に関しては,効率化を推し進めていく.インターネット決裁・決済できるものの推進や,アウトソーシング化を進める.