本年度も新型コロナウイルス禍といった野外活動に制限がかかる状況が続いたが,多くの貴重な成果をあげることができた。構成員とその指導学生院生諸氏の活動概要は以下のとおりである。以下,項目ごとの活動概要を示す(文中敬称略)。
森林における野生動物管理,森林樹木の遺伝管理,緑化技術開発,森林土壌と地形との関連性,森林水文学分野での研究成果があった。
山下が,長野県松本市を対象に野生動物の生息拡大による獣害の状況と,広域防護柵や罠などによるその対策の現状について,大学院生および岐阜大学との共同で現地調査を実施した。津田が,ツキノワグマの遺伝構造および集団動態を全国~長野県~地域レベルで詳細に解明した。その研究成果については2021年度の長野県第二種特定鳥獣管理計画 (第5期ツキノワグマ保護管理案) の策定に活用された。長野県高山村受託研究成果は調査対象地の保全管理に活用される予定である。同じく津田が,シカの性染色体マーカーを開発し、全国集団の遺伝構造を明らかにした。津田が,山岳河川で分布を拡大するブラウントラウトについて,分布の現状および遺伝構造を明らかにした。その他、ヒグラシ属、クワガタ、山岳観光地の山野草、など複数集の集団遺伝学的構造を明らかにした。
津村は,東安アジア熱帯林で重要なフタバガキ科について遺伝情報を用いて保全単位を明らかにし,今後の地理的ば森林管理の重要性を示した。これは,フタバガキ科樹種で東南アジア広域に分布するラワン材として知られる Shorea parvifolia を研究対象として,広範な分布域(マレー半島,スマトラ島,ボルネオ島)の合計18集団で,その葉緑体DNAと核DNAを解析した。その結果,ボルネオ島の集団はマレー半島,スマトラ島の集団とは遺伝的に大きく異なっており,葉緑体DNAの遺伝的多様性はマレー半島が高く,核DNAの遺伝的多様性はボルネオ島が高い結果であった。これまでの知見と本研究により,S. parvifolia はマレー半島,スマトラ島,ボルネオ島が陸続きになった氷期にマレー半島からスマトラ島とボルネオ島に進出し,ボルネオ島ではその後に急速に分布拡大したことが明らかになった。同じく津村は,日本の森林をどのように管理していくかについて,日本の森林の形成過程,遺伝的構造の形成過程,日本の樹木の遺伝構造の一般性,種苗移動のガイドラインについて総説を発表した。これは,日本の森林の遺伝的管理をどのような単位で行ない,種苗移動の範囲を示して遺伝的撹乱のない森林管理について述べたものである。
上條は,外来種を用いない山腹緑化技術への貢献を目指し,生物多様性保全と山地災害防止を両立させるための研究として三宅島の火山荒廃地において,リル浸食防止のために開発された東京クレセントロールの土砂流出防止機能と緑化機能に関する研究を行なった。
田村は,つくば市内の里山の地形-土壌連鎖を明らかにし,ペドロジー学会においてその成果発表を行なった。
清野は,森林と樹木の生態機能に関する成果として,樹皮の外部形態と内部の解剖学的特徴が樹幹流の化学成分に与える影響を検証した研究では,樹幹流のミネラル成分の由来に関してのメカニズムに樹皮内外の形態の重要性が示唆できた。これらは2本の原著論文として報告でき,特集号としての本の一部に編纂された。これらより,森林管理における,大気-森林-樹木-土壌の系における水循環と栄養塩循環のフローに関わるメカニズム解明に一石を投じることができた。
SDGsの観点から,生態系サービスに関連する研究成果があった。
沼田が,1999年から継続している紅茶高分子ポリフェノール(MAF)の生理機能の研究を新書「誰も知らない紅茶の秘密」として幻冬舎より出版した。静岡県では茶畑の耕作放棄地が大きな問題になっている。500haもの耕作放棄地がある牧之原市とシンコムアグリテック(株)は耕作放棄地の茶の木を炭化させ“炭素蓄積と土壌改良を目的とした土壌改良剤”を開発する「カーボンニュートラル事業」を展開する。手始めに耕作放棄地5 haを借りて,茶の木の伐根と焼却,焼却した灰を畑に戻し,新規作物の植え付けを行う。沼田もこのプロジェクトに参加して,廃棄された茶の木の新芽(新茶)を長時間発酵させ過発酵和紅茶を作り,MAF含量の多い和紅茶生産を試みることになった。「伐根した茶の木を焼却し,灰や炭を畑に埋め込み,土壌改良に役立て,新たに付加価値のある作物を育てる」のは,SDGsの観点からもおもしろい試みである。
国内外の草原管理に関連する研究成果があった。
田中が,300年前から100年前までは菅平のほぼ全域が草原だったことを古地図等の解析から明らかにし,近年の草原減少速度が著しいこと,国立公園化しても草原が保全できなかったことを明らかにした。草原保全の歴史的根拠を示した。
川田は,モンゴル高原における草原管理に関する遊牧民の意識調査結果を国際学会で報告した。
外来生物管理に関連する研究成果があった。
田中が, しなの鉄道,環境省,菅平水土里会との共同による外来植物駆除活動や,駆除活動の効果測定を行い,外来植物駆除の方法論開発に貢献した。土壌を本来の酸性に戻す土壌改良資材の利用によって外来植物を駆除する方法の効果を以前実証していたが,それを,しなの鉄道,環境省,菅平水土里会との共同によって広域で実践して検証した。
スキーツーリズムに着目した,山岳域でのツーリズムに関連する研究成果があった。
呉羽が,フランスにおけるスキーツーリズムの地域的特徴について,スキーヤー,スキー場,リゾートタウンの特性から分析した。ヨーロッパアルプスにおける気温上昇下でのスキー場存続の可能性について解説した。また,信越県境エリアの魅力を探るトークイベントにおいて(上越市),国内のスキーリゾートの成り立ちと信越県境エリアの特徴について講演した。長野県および国内全体のスキーツーリズムの動向に関する取材に協力し,信濃毎日新聞・ニューズピックスの記事として掲載された。
査読有 | 査読無 | 計 | ||
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論文 | 学術雑誌 | 11 | 0 | 11 |
紀要等 | 0 | 0 | 0 | |
解説その他 | 0 | 1 | 1 | |
計 | 11 | 1 | 12 | |
著書 | 3 | |||
学会発表 | 国際会議 | 4 | ||
国内会議 | 34 | |||
計 | 38 | |||
一般講演等 | 12 | |||
その他の活動 | 1 |
詳細はこちら:「9.MSC教員業績リスト」